お別れ会

友人が亡くなって、「お別れ会」が開かれた。「サウナ友」と呼んでいた彼女は、「全国及東京盲ろう者友の会」を創立し、永らく理事長も務めた要人だったので、遠方からも、通訳者を伴い大勢の障害を持つ人たちが集まった。

会場は、色々な通訳方法が展開していた。手話や指点字など直接人を介するものの他にも、たくさんのパソコンが並んで、同時点訳が行なわれていた。「お別れの言葉」を聞いた。「私たちが、初めて互いに手を取り合って話した日のことを、忘れません。それは、私たちは、私たち同士でつながれると知った、初めての体験だったのです」と話された。

彼女は、常々、「障害は、私たちにあるのではない。私たちのあり方をじゃまする私たちの外側にあるのだ」と、主張していた。システムが整い、方法が浸透し、生きる保障がされればと。この日の機器の入力の音、手話や発語のざわめきは、それを実証しているようだった。

別の方は、「あなたは今、私たちを眺め、私たちの声を聴いているでしょうか」と語りかけた。ここにも、率直な呼びかけがあった。彼女は、サウナの熱風の中で、しみじみと語ったことがある。「音楽が聴けて、自然の景色が見られるなら、どんな深い悩みが続くんだろう」。

NHKのTV番組に出演した彼女の映像が流れた。スタジオでピアノを弾いていた。ブルグミュラーの「狩り」だった。三拍子の、軽快な馬の駆ける音、狩られる動物の嘆息のようなメロディーが、響いた。その人の持つ明るさと哀しみが、全部聞こえて来た。



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