当事者のすごさ!

 救急入院を余儀なくされた身内がいる。入院中に、思いがけず末期癌が見つかり、告知を受ける事態となった。早々に、医者から本人に告げられたが、ぴんと来ない様子だった。それはそうだろう、動転していて受け止めきれないのだろう、と同情した。当事者主体とはいえ、あまりに過酷ではないか。

ところが、数日後、ベッドサイドで、彼女は言った。「あのお医者さんに、もう治らないとか、治療法はないとか言われても、へっちゃら。だって、あの人は、自分の言っている言葉の意味を、わかってないから。自分が何を言っているか、わかってない人の言葉は、受け取らない。もしこれが、ちゃんとわかっている人に言われたら、そうとうショックだけど」

「役割」なんかで、いのちの終末を告げたって、そんなものは受け取りませんってことなんだ。当事者は、接してくる相手の本質と向き合おうとしている。「あなた、ちゃんと伝えなさい。ちゃんと言えるまで、わたしは受け取りません」って。

この、告知資格試験に、件の医者は、まだ合格できないでいる。
余命については百も承知で、自分のこの先を勘案している彼女は、医者の前では、きょとんとして見せている。
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