秋晴れとギーゼキング

「今日の気温は概ね23度。過ごしやすい一日となるでしょう」と、朝のラジオが伝えた。
風が吹き、空気が渡る。

朝の些事を済ませながら、ギーゼギングの弾くモーツァルトをかけた。折良く、友人が貸してくれた8枚組の全集で、なんと63曲も納められている。たっぷり、次々と羽根のような音が響いて、こころが飛んでいきそうになる。こんなひととき、なんと幸せだろう。

実のところ、胸には悲しさが詰まる。原発事故以来の苦しさに加えて、昨今の、浮かれたアベノミクスが拍車をかける。
オリンピック招致演説の大見得、証券取引所での積極的平和主義演説・・・、彼を支える、グローバル企業の利権屋男性陣の跋扈に、暗澹とする。

そんな中、高橋源一郎氏の論壇時評「働く母の権利 甘えているわけじゃない」に、助け出された。彼自身の子育てへの関わりから、体験的に時評を展開する、その姿勢が胸を透く。論点の先に、上野千鶴子や赤石知衣子の視座が見えて、おぼれそうな心境に、浮き輪が投げられる。

「海外では日本は女性差別の国だと思われていますね」と、朝のラジオはコメントした。「それを払拭したくて、ODAの女性支援を打ち出したんでしょうねぇ」。そうでしょうねぇ・・・いつだって、スタンドプレイ。その一方で、「ヘイトスピーチ」を牽引し、その一環に「女は結婚したら退職せよ、迷惑かけるな」という曾野綾子の暴論を容認している。

ねぇ、お皿を拭いたり、ゴミを出したりしながら暮らすんだよ。ホテルで要人と会食してうまい話まとめるのが生活じゃない。毎日食べるものを調達し、うんちやおしっこを始末しようね。汚染水止めるところから、始めようね。

羽根のようなモーツァルトは、胸の中を舞い、空にある理想に目を向けさせてくれる。怒りや悲しみを味わい、苦みが拡がる中で聴く音は、しみじみ慰めになる。

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