めだかの学校の仲間たち

サウナ友のやっこが、本を出版した。題して「めだかの学校の仲間たち~見えなくて聞こえないやっこの手のひらの旅」(思想の科学社 山岸康子)。彼女は、以前にも同出版社から「手のひらで知る世界」を出し、今回が2冊目になる。

独特の文体の中に、人柄が浮かび上がってくる。普段会っていて、この通りの人だ、と思う。長いつきあいになった。出会ったのは二十代になったばかりの頃で、あれから四十年近く経ったことになる。

「女の一人暮らし」さえ、危ぶまれる時代。私の知った女たちは、重度脳性麻痺だったり、盲ろう二重障がいだったりしながら、はち切れる輝きで眩しかった。小さなアパートから車いすやら、白杖やらをついて出かけ、行く先々でトラブルに見舞われながら、それらに勝利して帰るのを、楽しみにしてる風情だった。足の指でお玉を操りながら味噌汁をよそっていた。目の換わりに指先でなぞりながら、まな板でキャベツを刻んでいた。

出汁の取り方を教えてくれたのは、彼女たちだったような記憶がある。リンゴの皮が厚くて、笑われたような気がする。「お嫁に行く」なんてことのために、仕込まれたのじゃなくて、なんて幸いだったろう。「食べて寝て出して暮らす」手段を、教えてもらった。

本を読むと、今も同じだと思う。
私は、やっこに身体の健康回復手段を教えてもらっている。
やっこは近年癌と肝臓病を患い、そこからUターンして回復記を綴った。そのプロセスで、温熱療法のために私をサウナに誘った。昔、「買い物に連れて行って」と頼みながら、ジャガイモの選び方を教えてくれたように、今、「風呂介助に来て」と頼みながら、私に免疫療法のチャンスをくれている。

「自己信頼」を学んだのは、彼女たちからだ。「生きる力」の源としての怒りの大事さと、人生を楽しむ愉快さを、やって見せてくれた。すごい女たち。でも、ただの女たち。
スポンサーサイト