ひたすらさ

政権離脱に当たって、福島瑞穂さんが「ひたすら愚直に愚直に、言葉に責任を取っていこうと思います」と、TV番組で語っているのを聞きました。ああ、そうだなぁと想いながらも、その姿勢に非難を浴びせる人々の、皮肉な口元も浮かびました。特に冠に「あのおんな」とつけてくくる、激しい締め付けを想像します。

ずっとそんな中を生きている、と感じます。政権の党首ならずとも、「こんなことを言ったら、きっとあんな風に取り扱われるだろう」という恐怖を、自分の内側に抱えながら生きてきたと思います。

そんな、まだ野蛮な人権の時代に生きているから、「アサーティブネス」が、私の人生に力と希望を賦与してくれたのだと思います。軋轢に抵抗し続けるタフさと、時にはその感じをそっとしまい込んでも、自分を許す優しさをしっかり身につけるよう、アサーティブネスは、伝えてくれたように感じます。

そんな中、「愚直に本質に迫る」矛先を、収める必要がある時もある、と思うこの頃です。
自分の全体性の中で、多様な様式を持って事に当たることが、自分も人も活かすことになります。
そんな局面では、「本当のこと」よりも「できること」が光ってきます。
「出来ることを探すこと」も、希望とちからの賜です。
矛盾の中を生きながら自分らしくいるためには、今できることをひたすらに、それこそ愚直に、提案し続けることになるのでしょう。それも、アサーティブネスのちからだと思います。
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