ゆりとばら

八王子の小宮公園は、「うばゆり」の群生地。冬に訪ねると、木道わきに、枯れて立っている無数の姿が見られる。カサカサのがくをそっと押し開くと、無数の種が詰まっている。

がくが崩れ、風が吹いて、零れ落ちるのを待ち受けている。薄い皮膜がオブラートのように種を一つずつ包み、風のエネルギーをとらえたら、プロペラになって舞おうとしている。生気のない姿とは裏腹に、虎視眈々としている。

なじみのバス停のフェンスに、季節外れのバラが咲いた。白い冬の空に濃い赤が伸びあがっている。「いつだって、咲けるって!」と声が聞こえた。

ゆりの種も、冬のばらも、凛々しい。
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しそペースト

山のような紫蘇が畑から届き、ペーストを作った。ひと束分の葉をグラインダーに押し込み、オリーブオイルとリンゴ酢と、あとは塩こしょう、ちょっとお砂糖。最初、空回りしている葉っぱ達も、次第に巻き込まれていって、最後はとろとろしたペーストになる。

英語の先生が、生徒さん達と、ご自宅で一品持ちよりランチ会を開かれた折に、ひと瓶持参した。後日、「レシピを」とメールがあったので、ざっくり返信したところ、困惑の返信が届いた。「それが一番困るレシピ!お好み?アンに出てくる恐妻家の夫が嘆いています。人と違ったらどうするんです?って。せめて紫蘇、酢の量教えてくださいな」

わわわ!なんとか枚数やら分量やらを~適当ながら~書き送り、ひと言「いつも、一期一会料理です」と付け足した。

「赤毛のアン」は、決して、自由ではない共同体の暮らし。アンの葛藤と諦念に、作者の苦しみが重なる世界。いいじゃないですか、人と違っても!21世紀のおんな達は、大地を堂々と、我が道を歩きましょう。一期一会を楽しんで。古風で可愛らしい先生の姿も微笑ましい。

クリームのバラ

今週末に、母のメモリアルデーを開くことになった。亡くなって2年目のお誕生月に当たる。

お誕生日なのだから、ケーキよね!ということになって、即刻、バタークリームでできたバラの花が飾られているものを用意しよう、と決めた。花びらに、銀色のつぶが載っているのが良い。懐かしさの原点は少女漫画で、夢見心地のバラ飾りは、巻き毛の乙女の脇に優美に咲いていた。

10年程前、まごくんが母にバラの花束を手渡したことがあった。「クリーム色が一番好き」と喜んで、上手に、ドライフラワーにして玄関先に飾っていた。なにもかも、霞む昔話のよう。バラのケーキを囲んで、懐かしいひとときを過ごそう。

ビーツ

畑から、まるまる太ったビーツが届く。流行の食材とは聞いているが、扱い慣れない。洗うだけで、赤い汁がぽとぽと落ちる。

「ジュースにスープ、ジャム、チョコレートホンデュウもあるよ」と、娘からの情報。ジュースもスープも試してみたけど、ポパイが、ホウレン草を丸飲みする図が、浮かぶばかり。

「これはおいしい!」という体験から入ろう。どこかで、ビーツのケーキを見つけよう。レシピの手順をふんで、「おいしさ」にたどり着くのは道が遠いから、他力本願でいこう。久しぶりにデパ地下など、覗いてみようかな。

ブロッコリーとのらぼう

娘達家族が来日して、帰っていった。5週間を越える、初めての長逗留となった。その間の、孫娘ちゃん達のお気に入りは畑。羊のアマエルが居て、差し出す雑草も野菜の切れ端も、喜んで食べるのがうれしい。自転車で畑が見えてくると「アマエル~!」と大声で呼びかけ、遠くから、羊も「べえええ~」と応える。

最後のブロッコリーとのらぼうが、花芽を競うように毎日毎日の大収穫になる。喜んで食べていた逗留組も、さすがに食傷気味になり、友達に分けても余りある。新しい収穫が届くと、昨日の残り物は精彩を欠く。かといって、捨てがたい。

えいやっと、朝のジュースに放り込んだら、美味しいこと!りんごと人参のオレンジ色は消え失せ、濃厚なグリーンは口にするのに勇気がいるが、とろとろと流れてくる緑のパワーに、身体が「わ~~い!」と、浮かれ出す。

宴の日々に、ずっと、桜が連れ添ってくれた。「緑の葉っぱになった景色が見られないのがかなしいわ。写真を撮って送ってね」と、別れ際にまごちゃんが呟いていった。送りましょう。緑の葉っぱは、「それでも、とにかく、大丈夫!」と、メッセージを送ってくれている。