柳澤壽男監督特集atシネマヴェーラ渋谷

「劇映画から記録映画、PR映像から社会福祉映画へ、そして・・・」という副題で「戦後映画史を生きる 柳澤壽男監督特集」が、開催されている。2月3日から16日まで。福祉5部作「夜明け前の子供たち」「ぼくのなかの夜と朝」「そっちやない、こっちや」「甘えることは許されない」「風とゆききし」に加え、短編集が5組に組まれて全17本、プラス劇映画「どこかで春が」。トークショーも差し込まれる長丁場だ。

「ぼくのなかの夜と朝」の自主上映活動に、学生時代、深くかかわった。つれあいとの出会いもその一コマにあり、今に続く友人たちとの交遊も、その頃がベースになっている。「かんとくさん」は上京の折には我が家に逗留し、私ら家族は京都の「地蔵盆」に、毎夏、加えてもらった。45年のつきあいになる。

柳澤監督の活動拠点の中心人物、磯田充子さんが上京されるのに合わせて、上映会を訪ねた。続々と詰めかける観客、懐かしい関係者で、会場は満席。「ひと安心やわぁ」と、和らいだ磯田さん(みいねえさん)と、長編が上映されている合間に、カフェでおしゃべりしようとなった。

旧交を温めるひと時は、次第に、みいねんさんと私のかんとくさんを巡る激トークになった。柳澤監督の評伝を出版した編集者が、わきで聴いている。「こんなん、書かんといてよ」とみいねえがくぎを刺す。いや、これこそ書き残すべき、と私。だって、今日の再評価は、みいねえの尽力によるんだもの。今どき、女の全方位支援が「裏舞台」なんてありえない。フィルムの功績だけが彼がじゃない。編集者のスマホが、ずっと光りながら彼の手の中にあった。

女優時代からみいねえさんを撮ってきたカメラマンが、会場にいた。「遺影の更新やわ」と笑いながら、美しい立ち姿を見せる。かんとくさんも、彼女を撮りためて来たのだから、「磯田充子」のフィルムができたらいいのに。ねぇ、かんとくさん、あなたの女神に、お礼をする時が来ています!天から働いて、実現してください。
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おらおらでひとりいぐも

友人から回ってきた本「おらおらでひとりいぐも」(若竹千佐子 河出書房新社)は、音とイメージの世界だった。「『この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ』」から始まった、「その果てに、桃子さんが辿り着いた、圧倒的自由と賑やかな孤独とはーー」と、本の背表紙にある。いいなぁ、「圧倒的自由と賑やかな孤独」。

上野千鶴子さんが、帯に「ほんとはね、ほんとは『独りがいい』。出会いも歓びだが、死別も解放だ。地声で語られた女のホンネが炸裂!」と書いている。うん、「死別は解放」。

息子さんを亡くして、今年で20年になる友人がいる。1月の空気に、一連の出来事が繰り返し思い出される。穴の淵に屈んだ彼女の姿を、ずっと見てきた。その彼女が振り返って語りかける、「あのね、楽しく生きよう」。その一言は、万巻のメッセージになる。

女たちは、生死を預託されて、そのきわで生きる。それで、知ったことが溢れている。だから、それでいい。

新年のスーパームーン

月明りに誘われて、散歩に出かけた。ひたひたと足音だけ聞いているうちに、辺りが白くなって雲が迫った。しんとして、太古からずっとくりかえし。ただそれだけ。雲と月だけ。

それなら、もしかして、なんとでもつながれるかも。じゃあ、お願いします。これまで降り立った、女神さまたちと会わせてください。物語の中に、本に、絵になっているものたちに。それを書いて、描いて、見せてくれて来た女神たちに。

映画や音楽の中にもたくさんの女神たち。なんて、楽しみ。

目白散歩

妹たちと目白散歩に出かけた。3年前、母が体調を崩したのが11月。あれから矢のように事態が進んで、今では墓じまいを済ませ、実家も人手に渡った。誰からともなく、「11月ごろに目白に行ってみましょう」ということになって、実家近くの停留所から「池袋行」の都バスで出掛けた。私たち姉妹が生まれた目白の病院で、母は末期すい臓がんの検査結果を受け取ることになった。

泣きながら通ったピアノ教室を見つけた。レッスンがあまりに怖くてお漏らしして叱られたこと、歯がイタイとうそをついて一人で先に家へ帰り、祖母におやつをもらってマッタリしている最中に、母が妹たちを連れて戻ってきたこと。話して笑った。
高校時代に通ったバプテスト派の教会を見つけた。当時、若い牧師さんだった方が、歳を取られて、廊下の写真に納まっていた。事務局の方に尋ねられ、その頃の会員の名前が次々思い浮かんだ。同年代の友人宅の表札が、近所にそのままあった。
フォーカシングでお世話になった先生宅を見つけた。国際会議に参加した仲間で集まり、「振り返り」と称してバーベキューを楽しんだ。屋上から、としまえんの花火が見えていた。

妹たちにも、それぞれの目白があって、とても一度では回り切れないね、ということになり、また、訪ねることにした。帰りがけに、古楽器ばかりを扱う音楽センターに寄って、リュートやらライヤーやらチェンバロに見とれてから、絵葉書を買った。ダンスをする人々、潮を吹くクジラ、チェンバロを弾く人魚、帆船。何やら見覚えのある図柄に、お店の人が、「みんなのうた」の楽譜にイラストを描いている人だと教えてくれた。Toshimi Yoshida。三人の選んだカードが全く違っていて、妙に納得。

私たちなりに、母を悼み、親族を慈しんでいる。冬の風に吹かれ、清々しかった。

「時の旅人」

英語クラスの流れで、アリスン・アトリー作「時の旅人」を読んだ、もちろん日本語で。扉一つで、その地にまつわる過去の人々と出会い、その歴史に身を置きながら交流を深め、今を生きる意味を掴みなおす、イギリス児童文学の金字塔だ。エリザべ女王統治の時代に、その脅威となったスコットランド女王メアリー・スチュアートの側に、参入した少女の話。

7年ほど前、ひょんなことがきっかけで、「自分の生まれ年の、丁度千年前って、どんな世界だったのだろう」と思い至り、以来、「952年」をキーワードに、図書館に通い始めた。見つけたのは、ビザンティン帝国の隆盛と約500年後の没落。コンスタンティノポリスを定点にして、東西南北に目を向けると、賑やかな世界史が広がった。果てに、時代をさかのぼり、古代ギリシャまで身近に迫ってきた。つい最近500年を迎えた、マルティン・ルターの宗教改革も守備範囲に入ってくる。

講師の作品解説を聞きながら、「時の旅人」が、私自身のように思えた。今、日本の東京にいて、母国語で様々な情報を得る幸せに、感謝する。この状況は歴史の中で稀有であること、と同時に、まだまだ「意図的に隠された」現実を暮していることを実感する。