バスの中

バスに乗り込んでくる親子連れに、見覚えがあった。同時に、「みよちゃん!」「○ちゃん!」と声を上げた。横並びに座りながら、「何年ぶりだろねぇ」としゃべり始める。丁度、連れている女の子くらいの年だったね、○ちゃんがうちに来ていた頃は。「もう、今年36才だよ」と彼女が笑う。あの頃の私と同い年だ。

おんな達は、身辺に忙しく、事業所を立ち上げたり勉強を再開したりで、子どもたちを振り回しながら暮らした。大変だったよね、済みませんでしたと、思わず頭を下げると、「みよちゃんには、一杯遊んでもらったよ。だけど、この子と一緒にいたいと思うのは、反動かも」と正直なコメントが返ってきた。自分の体験が次世代への想いに織り込まれていく。そうして、少しずつ時代が練り上げられる。

それにしても、おんな達の貧困と、子育て支援のなさは、変わらないどころか、ますますの混沌だ。決して「自分のせい」ではない。「よくやってる」と自分に言おう。子どもたちに済まないことは、たくさんあった。それでも、おんなたちは、繋がって凌いで次への足がかりを掴んできた。その努力に誇りを持とう。そして、それでも尚、改善しないことに、怒りを持とう。
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昨年の夏のバーゲンで買った、クリーム色の運動靴が活躍している。「歩く為の靴」というふれ込みだった。

なんだか、ただ歩きたい。目的地なく、考える材料もなく。歩いているうちに、足や腰の動きにきもちが寄り添って、それこそ、どこをどう歩いていようが、お構いなしになる。どこかで「もう帰ろう」と思い立つと、「うちへ」と入力された頭が、働き出す。ああ、楽しかった!おしまい。

「一体、なにをしているのだろう?」と考えるのも面倒くさい。
ただ、今はそんなときで、そして、それができる時。

汐留

昨日、汐留の電通カレッタの展望台からウォーターフロントを眺めた。築地、羽田、東京タワー。ビジネス街、くねる高速、地層深いトンネル。

3.11の際に、息子くんは自社ビルから浜離宮公園に逃げ、対岸に燃えるガスタンクの黒煙を見、津波の映像に人々とどよめいたのだという。

見下ろしながら、「あかんやろ」と思う。あれから、メルトダウンは続いている。復興資金も税金も、コンクリートに消えて。

「希望にむかって」とか「明日のために」とも思わなくなった自分が、あれ以来、いる。それが正直な生き方のようで。

新しい年

新年が動き出したというより、目標の知れないどこかへ、みんなして彷徨いだしたみたい。

落ち着こう、と思う。自分がけたたましくならないように。捲し立てられてケンカを買わないように。煽られて走り出さないように。

静かに暮らそう、と思う。そしたら、一緒に遊べる。ゆっくりできる。それでいいよ、と言える。大丈夫、と頷ける。そんな大人でいたいなぁ。

改葬

母が亡くなったのを契機に、改葬、いわゆる墓終いをした。驚いたのは、改葬許可届に、亡くなった面々の「本籍」を記入する欄があったこと。死してなお、地上のアドレスが必要とは!事務職員が、「よろしいですよ、『不詳』と致しましょう」と、ぽんぽんゴム印を押していった。

秋晴れのもと、空に向かってつぶやいた。どうぞ、みなさま、ほんとにほんとにご自由に!すでに地上のしがらみなどなく、魂を羽ばたかせて居られるのだから、どうぞ、そのままに。永久に、ご自身の魂であることだけをこころに留めて、過ごしてください。

お別れに、賛美歌を歌った。「神ともにいまして、行く道を守り」と歌い出す「卒業」の歌だ。乾燥した空気の中で大声を出したせいか、はたまた、緊張の弛みからか、風邪を引いた。ぼんやりした身体で、係累とのつながりをたどっていると、確かに「想い」は活きて現実になるのだと、実感する。